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初めて補聴器を使うのは、いつから?専門家が勧めるタイミング

初めて補聴器を使うのは、いつから?専門家が勧めるタイミング

難聴を自覚した方の多くが「補聴器を使い始めた方がいいのでしょうか?」「いつから使うべきですか?」と病院や補聴器店に相談しています。本記事では、補聴器の専門家が補聴器を勧めるタイミングについて解説します。

必要なのは聴力検査より専門家への相談。自分の状況をしっかり伝える。

難聴や聞こえの困りごとを感じた方の多くは、初めて補聴器を使うまでに平均4~6年ほど迷う期間があります。補聴器を始めるまでの間、インターネットで情報収集したり、耳鼻咽喉科などの医療機関に相談しています。

耳鼻咽喉科に相談すると、通常は聴力検査を受けます。ここで”聴覚が専門の耳鼻咽喉科”の場合、聴力検査の結果だけを見て「補聴器を使うべき」とか「まだ早い」という意見は言いません。
聴力検査用のヘッドホンに×マーク

聴力検査の結果だけでなく、カウンセリングを重視します。そしてご本人が会話への困りごとを感じている場合、補聴器の体験を勧めます。これは相談者の70%ほどです。
聴覚専門家のカウンセリングを受ける

難聴の原因が病気やケガなど治療可能だった場合には、補聴器を勧めません。先に治療することを勧めます。

専門家はカウンセリングで、始めるタイミングを考えている。

専門家によってカウンセリングで質問することは多岐にわたります。世界的に最も普及しているカウンセリング内容はAPHAB(Abbreviated Profile of Hearing Aid Benefit、補聴器の有効性簡略プロフィール)というもので、補聴器の有効性を予想するための質問集です。全部で24問あります。質問の一部をご紹介します。

初めての補聴器を考えている人へのカウンセリング質問「APHAB」

三人以上で食事中、その中の一人と会話するのが難しいですか?
混んでいるスーパー・デパートなどで、店員との会話についていくことができますか?
講演会などで会話の内容についていけますか?
映画の中の会話が聞こえないことがありますか?
誰かにものを教わっているとき、何を言っているのか理解するのが難しいですか?
家族と一対一で話しているとき、会話が聞きづらいことはありますか?

引用:APHAB(質問内容の翻訳は筆者)

これらの質問を読んでみて、ご自身の評価はいかがでしょうか?
実際のAPHABでは、これらの質問に1~7点で回答していただき、合計の得点を出します。その点数から、補聴器を使った場合の効果を予想したり、さらに詳しいカウンセリングを行ったりします。

カウンセリング全体を通して、補聴器の専門家は「このお客様はどれくらい聞こえに困っているのか?聞こえづらさの自覚があるのか?」を確認して補聴器を始めるタイミングを考えます。

ご本人が一定程度以上の聞こえづらさを自覚していた場合、専門家は聴力測定の結果が良い状態であっても「補聴器を買わなくても良いが、体験しておくタイミングですよ」と補聴器の試聴を勧めることがあります。

初めて使う補聴器は、買わなくていい。試聴するだけ。

接客する様子

専門家が「補聴器を勧める」というのは、購入を推奨することとは限りません。「補聴器を体験して、知識を持っておくこと」を勧めることがあります。

先に紹介したカウンセリングを適切に行えば、補聴器の効果を予測することは出来ます。ご本人が感じている「聞こえに関する困難さ」が大きければ大きいほど、補聴器の効果は大きくなる傾向があります。

しかし補聴器の効果が、補聴器の価格に見合うと思えるかどうかは一人一人異なります。手先が上手く動かせず、補聴器の取り扱いに対する負担感を重く感じる方もいます。補聴器に対する満足度は、これらの負担感と、ご本人が実感する効果のバランスで決まります。

補聴器の効果と、補聴器の負担へのバランスについては下記の記事をご覧下さい。
難聴の高齢者が補聴器をいやがる/つけない理由は負担感!

高齢者が補聴器を取り扱う様子

これらの事情があるため補聴器の専門家は「初めての補聴器は買わなくても良いが、早めに体験しておくこと」を勧めます。親切な医療機関では「補聴器を慌てて買うのではなく、十分に試聴しましょう」などのアドバイスもしてくれるのは、こういった事情をよく理解しているためです。

聴力検査で補聴器を使うタイミングを判断してはいけない理由

欧米の研究者を中心に「補聴器の効果を(購入以外の方法で)予測する研究」は古くから行われてきました。そして「聴力検査の結果だけでは、補聴器を使うタイミングが分からない理由」として2つの点が、それぞれ異なる論文の中で示されました

①1988年、補聴器を使用する前に、使用後の効果を予測する研究が行われました。聴力等の事前に計測可能なさまざまな要因によって、補聴器を使った後の効果を予測して当てられるかを調べたのです。22名の軽度~中等度の難聴者を調べた結果、事前に立てた予測の正確性は証明されませんでした。聴力などの要因によって、補聴器を使用したときの効果を正確に予測することは出来ないという結果が出ました。※1

②2001年、補聴器を購入してからの満足度(役に立つかどうか)を282人にアンケート調査しました。アンケートは、補聴器を購入してから1年後に行われました。購入前の聴力検査の結果と、補聴器購入者の満足度には何も関係がありませんでした。つまり難聴の程度が軽い人でも、中等度難聴の人と同等に、補聴器の効果を実感できていたということです。※2

このように、「補聴器を使った時の効果の程度は聴力検査によって予測できる」という考えは、現実に即していないことが調査によって明らかになりました。もっと言えば「聴力検査で補聴器を使うタイミングを判断してはいけない」ということです。

近年の研究では、聴力検査よりも先に紹介したアンケートの結果やご本人のモチベーションの方が、補聴器の効果を予測するためには重要なことが分かっています。

引用元論文
※1:Chermak GD,Miller MC.(1988) Shortcomings of a revised feasibility scale for predicting hearing aid use with older adults.Br J Audiol,1988 Aug;22(3):187-94

※2:Hosford-Dunn H, Halpern J.(2001) Clinical application of the SADL scale in private practice Ⅱ:predictive validity of fitting variables. Satisfaction with Amplification in Daily life.J Am Acad Audiol,12(1):15-36

いつから補聴器を使うか?一人で考えていると迷って一歩も進めないことも。

日本は平均4~6年、ドイツは平均2年

難聴を自覚してから、初めて補聴器を使うまで平均4~6年。

実際に補聴器を購入した人は、どのタイミングで初めての補聴器を購入したのでしょうか。
日本では、日本補聴器工業会が作成した「Japantrak2018」という統計データがあります。この調査では、難聴を自覚してから補聴器を使うまで、平均4~6年という結果でした。

欧州だと補聴器を使うまで平均2年。

4~6年も迷っていることは普通のことでしょうか。欧州のデータ(Eurotrak Germany 2018)によると、たとえばドイツでは難聴を自覚してから平均2年ほどで、補聴器を使い始めています。

これには、欧州の場合補聴器の専門家の数が日本よりも多く、質も高いため、医師が安心して補聴器を勧めることができる、という背景があると思われます。

日本の場合、後述するように医師からの補聴器の推薦が少なかったり、そもそも補聴器について医師に相談する人が少ないために、難聴を自覚してから補聴器購入までの期間が長くなっているようです。

参考:Japantrak2018、Eurotrak Germany2018

日本においては難聴を自覚した人の中で医師に相談した人の割合が、ドイツと比べ半数程度になっており、医師に相談する人が少ないことがわかります。

日本でも、補聴器を使っている人で「もっと早く試せばよかった」という人が多い。

実際に補聴器を購入した人たちは、相談せず補聴器を使わなかった過去の時間を振り返って、どのように考えているのでしょうか。

やはりJapantrak2018のアンケートの中で、54%の人が「補聴器をもっと早く使用すべきだったと思う」と答えています。なお回答者の41%の人はそもそも難聴を自覚してから2年以内という短い期間で初めての補聴器を購入しています。

これだけ多くの方が、初めての補聴器を難聴の自覚から2年以内に使い始め、さらに「もっと早く使用すべきだった」と回答していることから、補聴器を始めるタイミングについて、早めに検討しても良さそうです。

参考:Japantrak2018

聴覚が専門でない医師に相談すると、タイミングを逃すことがあります。

「補聴器をいつから使うべきですか?」と、難聴が専門ではない医師に相談すると「まだ必要ないと思います」という説明が行われる場合があります。こういう回答をする医師の場合、先に紹介したようなカウンセリングが行われておらず、良いアドバイスを受けられないことがあるようです。

たとえば、ドイツでは医師に補聴器を使うタイミングについて相談すると、適切なカウンセリングの上で補聴器の専門店を紹介されます。その結果、難聴を自覚した人のうち55%の人が補聴器を試聴しています。
一方、日本ではそもそも補聴器の相談をする人がドイツに比べて少ないです。さらに、本人に困りごとがあるにも関わらず、医師から補聴器の試聴を提案されないことがあります。その結果、難聴を自覚した人のうち、補聴器を試聴した人は14%という大変低い数字となっています。

参考:Japantrak2018、Eurotrak Germany2018より日本とドイツの比較

参考:Japantrak2018、Eurotrak Germany2018

日本はドイツに比べ、難聴を医師に相談する人も、医師から補聴器を勧められる人も少ないことがわかります。

上のデータは2018年時点の調査結果ですが、近年では日本の難聴者向けサポートも変わりつつあります。最新の医師向けの補聴器専門書「ゼロから始める補聴器診療」には、次のような記述があります。

「当科では補聴器の適応は、以下の3つを満たした場合と考えています。
①純音聴力検査にて、片耳or両耳に軽度以上の難聴があること。
②難聴により生活に不自由があること。
③その不自由を改善したい意思があること。
(中略)聴力レベルだけでは適応を決めることはできません。
(中略)不自由があり、改善の意思があるなら試す機会を!」p11-p12

引用:ゼロから始める補聴器診療 | 新田 清一, 鈴木 大介, 小川 郁 |本 | 通販 | Amazon

このように日本においても「聞こえに不自由を感じたら、補聴器を試してみる」ことが、補聴器診療のスタンダードになりつつあります。

日本の医師だけが、補聴器を勧めないのはなぜ?

日本における難聴支援には歴史があるのですが、残念なことに日本には聴覚と補聴器の専門家がほとんどいません。国家資格では「言語聴覚士」という資格制度が存在しますが、この資格は聴覚や補聴器だけではなく、失語症など脳卒中の後遺症のリハビリや、飲み込みのリハビリ、お子さんの療育など様々な領域を担当しています。

言語聴覚士という資格制度が生まれたのは1997年なのですが、補聴器に関連する業務に力を入れる医療機関はあまり増えませんでした。
日本の多くの医療機関は、国民皆保険制度の上に成り立っています。医療機関が補聴器に取り組むには、保険点数が必要なのですが、当時は聴覚関連の業務に十分な保険点数が設定されていなかったようです。

こうした歴史があり、現在の日本で聴覚業務を担当する言語聴覚士は約2,000人、言語聴覚士の中では16%ほどです。

さらに聴覚を専門に臨床経験を積んだ「認定言語聴覚士(聴覚障害領域)」にいたっては日本で48人を数えるのみです。人口10万人あたりで計算すると、0.04名という数字になってしまいます。

米国では聴覚だけを担当するオージオロジストという国家資格があり、米国全体で13,210人、人口10万人当たり4.0人が働いています。

聴覚と補聴器の専門家の10万人の人口比を、米国と日本で比較したグラフ

参照:厚生労働省「聴覚障害領域における言語聴覚士の役割」2019年、日本言語聴覚士協会「STAND UP」22号・28号・40号、ASHA2018年

この結果、日本では認定補聴器技能者という民間の資格が生まれました。この資格を持った人が補聴器関連の業務の多くを担っているのが日本の実情です。この資格は、欧米の国家資格ほどは試験のハードルが高くないため、一人ずつの知識や能力の差が大きく、まだまだ課題があります。

現状では、医師の一部には「補聴器を勧めても(適切な技術者がいないため)患者が満足することが少ない」と考える人もいるようです。

「いつから補聴器を使おう?」と迷っているなら、相談のタイミングです。

悩む人

聞こえに関する困難さを自覚した場合には、難聴と補聴器について知識のある専門家を選んで相談し、情報を集めてみましょう。インターネットで調べる一般的な情報とは違い、あなたに合った情報を教えてくれます。

具体的には、看板に補聴器外来と書いている医療機関には、補聴器適合判定医や補聴器相談医または言語聴覚士が常勤しているでしょう。補聴器店なら認定補聴器専門店という認定制度があり、ここには有資格者の認定補聴器技能者が常勤しています。

補聴器の専門家について詳しく知りたい方は、以下の記事をお読みください。
補聴器の専門家は、認定補聴器技能者と言語聴覚士

補聴器を使い始めるタイミングは、聴力検査で簡単に判断することはできませんが、困りごとを感じているなら、それはすでに相談のタイミングです。補聴器が生活の役に立つかどうかは、専門家に相談したり、補聴器を無料で試聴して体験してみたりしてから、改めて考えてみればいいと思います。
すでに『ちょっと聞こえでこまっているのかなー?』という気持ちがあれば、それが最も大切です。困りごとを貯めておかないで、専門家に相談してみましょう。
なお相談する際には、ご無理でない範囲でいいので、下記をまとめておくと適格なアドバイスが受けやすくなります。
・何にどれくらい困っているのか?
・困る場面の頻度は多いのか、少ないのか?
・補聴器を着けたくない気持ちはあるか。(ご遠慮無く正直に)
困りごとを明確にして相談すると、よりあなたに合ったアドバイスが受けられます。

難聴の対策は、補聴器だけに限りません。
相談の結果として補聴器を買っても買わなくても、自分の難聴と補聴器についての知識を得ておくことは、あなたの今後の人生のプラスになります。


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この記事は
私が書きました

大塚祥仁 写真

大塚 祥仁
【認定補聴器技能者】

2006年から補聴器の仕事を始めました。もっとも確実に、よく聞こえる方法をご提供することが、私のミッションです。皆様の耳に合った補聴器をお届けするため、毎日毎日、聴覚医学の論文を読み、デンマークやドイツの研究機関と連絡を取り、時には欧州へ勉強に行き、海外から研究者を招き勉強会を開催し、国内の社会人大学院へ通い修士号まで取ってしまいました。本Webページでは、補聴器と難聴について、確かな情報や最新の情報をお届けしていきます。ご相談の方は、お気軽にご連絡ください。

保有資格:認定補聴器技能者、医療機器販売管理者

★ Twitter はじめました。耳の話を真面目に書いてます! : @mimi_otsuka

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