健康診断の聴力検査が聞こえない時の状態と対策のすべて
健康診断の聴力検査では、左右の耳それぞれに「聴力正常」「聴力低下」などの結果が出ます。この結果を元に「所見なし」「所見あり」「要精密検査」などと記載されていることもあります。
「所見あり」の場合、耳鼻科を受診すると騒音性難聴や加齢性難聴と指摘される可能性があります。どちらも高い周波数の音が聞こえないという特徴をもつ難聴です。聴力検査に引っかかったら、早めに耳鼻科を受診しましょう。
健康診断の聴力検査で調べていること
健康診断の聴力検査で調べていることは、およそ次の3つです。
・加齢などによる聴力低下が起こっていないか?
・騒音下で働いており、労働災害による聴力低下はないか?
・日常会話に影響が出る聴力低下はないか?
これらの予兆を発見するのが、健康診断の聴力検査です。
※聴力低下の具体的な原因については、耳鼻咽喉科を受診した時に受ける精密検査で調べることになります。健康診断の聴力検査と、耳鼻科の聴力検査は大きく異なります。
健康診断で行われる聴力検査
一般的な健康診断での聴力検査は、重くて大きいヘッドフォンを耳につけて行います。
ヘッドホンをすき間なく、耳にピッタリと当てた状態で、検査の音が聞こえたらボタンを押して、聞こえたことを伝えます。
もし、検査の音が聞こえなかった場合「所見あり」や「要精密検査」という結果になるのです。
検査で使うのは1000Hzと4000Hzの音
健康診断での聴力検査では1000Hzと4000Hzの小さい音が聞こえるかを調べています。
1000Hzの音は、“日常会話の音域を代表”しています。
そのため、この音が聞こえにくい場合は会話が聞こえにくくなっている可能性があります。
4000Hzの音は、主に加齢による聴力低下を確認しています。
また騒音性の聴力低下が起こっていないかも確認できます。
4000Hzの音が聞こえにくい原因は、加齢もしくは騒音の聞きすぎのどちらかである可能性があるのです。
健康診断の聴力検査は、これらの問題を早期に見つけるために実施されています。
検査で流れるのは小さな音
一般的に、健康診断の聴力検査で流れる音の大きさは1000Hzは30dBHL、4000Hzの音が40dBHLです。
dBHLは音の大きさの単位です。
○○dBHLと言われても、なかなかピンときません。具体的にはどのくらいの大きさなのでしょうか?
音の大きさ(dBHL) | 具体的な例 |
---|---|
0 | 健康な人が聞き取れるギリギリの音 |
10 | 深夜の郊外 |
20~30 | ささやき声 |
40 | 小さな声 |
50 | 静かな事務所 |
60 | 通常の会話 |
70 | 電話の呼び出し音 |
80 | 大きな声 |
フォナック補聴器総合カタログ(2021.4)より一部改変
30~40dBHLの音は、ささやき声や小声くらいの大きさです。
健康診断の聴力検査で、初めて引っかかり「所見あり」という結果が出た方の多くは、難聴の自覚症状がないかも知れません。健康診断は、早期発見のために実施されていますから、かなりシビアな基準になっています。
ささやき声で会話することは少ないため、聞こえなくても困らないように思うかもしれません。しかし難聴は進行する可能性がありますから、一度でも「所見あり」などの結果が出たら、定期的な耳鼻科への受診がおすすめです。
なお、音は音源から距離が離れれば離れるほど小さくなっていきます。
普段の会話の声(60dBHL)が、近くならはっきりと聞こえるのに、少し離れてしまうだけで聞き取りづらく感じてしまうようなら、聴力低下の初期症状である可能性があります。
- “補聴器店で行う聴力測定”
- 補聴器店では、医療機関で行うような診察や検査および診断は行えません。診察・診断のために行う検査は、医療行為となります。
- 補聴器店でもお客様の聴力はお調べしていますが、これは補聴器を調整する目的に限定した『測定』です。その結果は補聴器を調整するための『判断』にのみ使われます。
- 補聴器店では医療行為を行っていません。耳の治療に関する相談は、耳鼻咽喉科を受診しましょう。
年齢別の平均聴力
聴力は加齢によって低下していくものです。何歳くらいで健康診断に引っかかる可能性があるか、年齢別の平均聴力を見てみましょう。
年齢(歳) | 50~ | 55~ | 60~ | 65~ | 70~ | 75~ | 80~84 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
1000Hz (dBHL) | 5.4 | 6.8 | 9.4 | 13.8 | 22.6 | 24.0 | 27.9 |
4000Hz (dBHL) | 11.3 | 14.7 | 20.2 | 29.1 | 40.2 | 40.3 | 48.3 |
立木孝ら(2002)1)より一部改変
聴力は、その人がギリギリ聞こえる音の大きさを示しています。数字が小さいほど、よく聞こえているということです。
表を見ると平均的な70歳未満の方は、1000Hzでは概ね13dBHLの音が聞こえ、4000Hzでは概ね30dBHLの音が聞こえます。
平均的な聴力なら、70歳未満で健康診断で引っかかることはないということです。70歳以上になると、4000Hzの平均聴力は40dBHLを超えるので、普通は健康診断で引っかかります。
70歳未満で、健康診断の検査の音が聞こえない場合は、加齢以外の原因で聴力が低下している可能性がありますから、特に注意が必要です。
健康診断の聴力検査は、聴力が低下しているか・低下していないのかを大まかに知ることができます。
しかし具体的にどのくらい聴力が下がっているのかは分かりませんし、原因も分かりません。
健康診断に引っかかったら、耳鼻科を受診して耳をしっかり診てもらった上での治療・対策が大切です。
「所見あり」や「要精密検査」だと、どんな病気が疑われるの?
健康診断で「所見あり」となった場合、難聴になっている可能性があります。
難聴は、その原因によって大きく3つに分けられます。
伝音性難聴
外耳と中耳は、音を効率よく伝えるための通り道となっています。
このどこかが障害されると、より奥にある内耳にうまく音を届けられなくなってしまうのです。
この状態を伝音性難聴といいます。
中耳炎などの病気だけではなく、耳垢が溜まって耳栓のようになってしまった状態も、伝音性難聴の一種です。
代表的な疾患:中耳炎、耳垢栓塞、鼓膜穿孔、耳硬化症 等
感音性難聴
音の振動を電気信号に変換する蝸牛や、その信号を脳に伝える神経、信号を処理する脳のどこかが障害されると、感音性難聴になります。
一般に突発性難聴などが知られていますが、加齢に伴う難聴も感音性難聴に含まれます。
代表的な疾患:加齢性難聴、騒音性難聴、突発性難聴、メニエール病 等
混合性難聴
外耳・中耳といった伝音性難聴の範囲と、内耳より奥の感音性難聴の範囲が、両方とも障害された状態が混合性難聴です。
別々の難聴が組み合わさって混合性難聴になる場合と、一部の伝音性難聴が進行してしまい混合性難聴となる場合があります。
代表的な疾患:加齢性難聴と耳垢栓塞、進行した耳硬化症、一部の稀な中耳炎
病気が原因の難聴なら、改善方法は次の5つ
耳垢除去
耳垢塞栓は耳垢が溜まり、外耳道で耳栓のようになることで、音が聞こえにくくなっている状態です。
この場合は、耳垢を取り除くだけで聞こえが元に戻ります。
耳の穴を塞ぐほどの大量の耳垢ですから、ご自分で取ろうとすると、かえって耳垢を奥に押し込んでしまったり、外耳道を痛めてしまったりする可能性があります。耳鼻科でとってもらいましょう。
処置や手術
一部の中耳炎や耳硬化症などの場合、処置や手術をすることで、聞こえが改善する可能性があります。
処置や手術に対してご不安がある方は、事前に医師としっかり相談すると良いでしょう。
薬による治療
突発性難聴などの場合は、早期にステロイド等による治療を開始することで、聞こえが改善する可能性があります。
治療の開始は、早ければ早いほど良いと言われています。
急な聴力の低下を感じた場合は、健康診断の結果に関わらずに、早期の受診がオススメです。
補聴器
治療後も聞こえのお困りごとがある場合、補聴器を使って聞こえを補います。
聞こえ方やお困りごとによって、適切な補聴器は異なります。
購入される際は、きちんと試聴のできるお店に相談しましょう。
人工内耳
重度の難聴で、補聴器をつけてもその効果が不十分な場合は、人工内耳の適応となることがあります。
手術により電極を埋め込み、神経に直接信号を送り込みます。
耳鼻科の聴力検査だと、より詳しく調べてもらえて原因も分かる
健康診断で引っかかり「所見あり」や「要精密検査」になると、ほとんどの方が耳鼻科を受診されるかと思います。耳鼻科での聴力検査は、健康診断とは異なり、より詳しく調べてもらえます。
標準純音聴力検査
耳鼻科の検査は、聞こえるか聞こえないかだけではなく、どのくらいの音量から聞こえ始めるのかを調べます。
聞こえの状態を詳しく知るために、2つの周波数だけではなく、低い「ボー」という音から、高い「チー」という音まで、7種類以上の周波数で検査をするのです。
ヘッドフォンから音を聞く気導聴力と、骨を振動させて音を伝える骨導聴力の2つを調べることで、伝音性難聴か感音性難聴かを確認できます。
標準語音聴力検査(語音明瞭度検査とも)
音の聞こえ方ではなく、言葉の聞こえ方を調べる検査です。
言葉を聞き分ける力がどのくらいあるのか、どのくらいの声の大きさが一番聞こえやすいのか等がわかります。
音は聞こえるけど、言葉が聞き取りにくいという方の精査をするときに行うことが多いようです。
また、補聴器をつける前に、効果がどのくらいありそうかを確認するときにも行います。
この検査は標準純音聴力検査と異なり、ボタンを押す検査ではありません。
ヘッドフォンから流れる「ア」や「イ」などの一文字の言葉を聞き取って、紙に書いたり、声に出して答えます。
どこの耳鼻科を受診すればいいか?
健康診断に引っかかり、聴力検査の項目に「要精密検査」と書いてあれば、ぜひ耳鼻科を受診してください。
健康診断を受けたのが総合病院であれば、そのまま同じ病院の耳鼻科を受診すると良いでしょう。
健診センターで健康診断を受けていた場合、健診センターが提携する耳鼻科を紹介してくれることもありますが、多くの場合、自分で耳鼻科を探して選ぶことになります。
どんな耳鼻科を選べばいいのでしょうか?
実は耳鼻咽喉科の専門領域は19領域におよびます。
耳や鼻、のど以外にもアレルギーや食事の飲み込み(嚥下)なども耳鼻科の領域です。2021年以降、頭頚部外科と合併して耳鼻咽喉頭頚部外科となっている所もあります。
聴力検査の項目で再検査が必要なのであれば、とくに「聴覚」を専門としている耳鼻科が良いでしょう。
大きな総合病院であれば、ホームページ上にドクターの名前と得意とする専門領域が掲載されていることが多いです。診療所(クリニック)でもホームページに記載があったり、待合室にドクターの所属している学会名が掲示されていたりします。
聴覚が得意なドクターは「日本聴覚医学会」に所属していることが多いようです。
耳鼻科で補聴器を勧められたら
聴覚が専門の耳鼻咽喉科を受診した結果、難聴の原因が加齢などであれば治療による聴力改善が見込めません。
そういった場合は、耳鼻科のドクターが補聴器を使うことを提案してくれると思います。
いきなり補聴器を始めるのは、決心がつかないかもしれません。
まずは耳鼻科の中で行われている補聴器外来や、認定補聴器専門店に相談してみましょう。購入の意思がかたまっていなくても、補聴器の試聴サービスは無料で行われていることが多いです。
補聴器の効果が実感できてから、購入することをオススメします。
プロショップ大塚では、3ヵ月無料でお試しいただくことができます。
聞こえのこと・補聴器のことでお困りの際は、私たち専門家に、ぜひお気軽にご相談ください。
耳鼻科医師に相談したら「補聴器適合に関する診療情報提供書」を書いてもらいましょう
耳鼻科のドクターの中で、補聴器に詳しい医師は「補聴器相談医」という資格を持っています。
この資格を持っている先生に相談したときは『補聴器適合に関する診療情報提供書』を書いてもらうとよいでしょう。
この書類は、補聴器販売店宛の資料で、補聴器を調整する際の指示やアドバイスが書いてあります。
また、この書類があると、補聴器を購入した際に、その購入費用が医療費控除の対象となる可能性があります。
近隣の耳鼻咽喉科にかかるときには、聴覚が得意か、補聴器相談医の資格を持っているか等も考慮していただくとよいでしょう。
引用・参考文献
1)立木孝他,「日本人聴力の加齢変化の研究」,『AUDIOLOGY JAPAN』, 2002, 45 巻, 3 号, p.241-250
コミュニケーションにお困りの方に寄り添える仕事を目指し、2012年に言語聴覚士免許取得。8年間の病院勤務にて聴覚障害の領域などを担当。難聴の方の聞こえを改善するため、補聴器を専門にして働きたいと考え、2020年プロショップ大塚に入社。耳鼻咽喉科での勤務経験を活かし、さまざまな情報や知識を分かりやすくお届けすることを心がけています。
保有資格:言語聴覚士
【監修】
補聴器専門店プロショップ大塚を運営する株式会社大塚の代表取締役。認定補聴器技能者、医療機器販売管理者。
たくさんの難聴の方々に、もっとも確実によく聞こえる方法をご提供することが私たちのミッションです。
監修においては、学術論文もしくは補聴器メーカーのホワイトペーパーなどを元にしたエビデンスのある情報発信を心がけています。
なお古いページについては執筆当時の聴覚医学や補聴工学を参考に記載しております。科学の進歩によって、現在は当てはまらない情報になっている可能性があります。
※耳の病気・ケガ・治療、言語獲得期の小児難聴や人工内耳については、まず医療機関へご相談下さい。